哲学を実践する様に

喋る様に歌い、歌う様に生きて、音楽になりたい。
だがしかし現実はありとあらゆる方向からマウントとってくるよな。
なのに情熱は枯れることがなく造花の様に埃をかぶり転がる石の様に角が取れ小さくなって行く。
10代の頃は作るのが辛いならやめてしまえとか生意気なことを思っていた。
ていうか一曲も書けなかった。それなのにいくらでも曲が書けると思っていた。
情熱はなくなってない、ただどんどん臆病になり億劫になって来ている。
もう二度と曲なんてつくれないんじゃないか。
つくったとしてもそれが良いものなのかどうか。
不安に対して言い訳を重ねていることにふと気づき滅入ってしまう。
二日酔いの朝の様にひどい気分で意味もなく心細くなって行く。
本当に些細な出来事を考えることで時間を潰している。
自家中毒だ。鶏皮が自分の脂でどんどん焦げて行くみたいだって思う。
自分で勝手に決めたルールに縛られて身動きが取れなくなっている。

と書いていると、ああ今俺はそういう風に感じているのかと、ふと他人の様に思えたりする。
書くことはいつも自分の心を覗き見る様なことだ。
自分にすら心を開くことが難しいと言うとおかしな感じかもしれないが自分を欺くことって結構ちょろいことだったりするよね。
複雑だし単純で頑固なくせに影響を受けやすいとか矛盾することが人の中には同居している。
だから奥底になにがあるのか知るためには息を深く吸ってぐっと潜り込まないといけない。

ただこうやって自分の言葉から立ち上がってくるものは昔から変わっていない気がする。
何か直接的なことを言いたいんじゃない。
誰もが気にも留めないこと、奥底にしまいこんだこと、普通に暮らしていたら蓋をして生きていけること。
ただそれらは歪みになり少しずつ蝕んで心が濁って行く。
俺はそういうものをおっかなびっくり摘んで、わあ気持ち悪い、でも気になる、みたいなことをしたいのだと思う。

癖(へき)の話になってしまった。
でも曲をつくって人に聴いてもらうなんて癖でしかないよな。
癖について苦悩している様に書いているのだと思ったら一行目から消してやりたい今。
これもまた癖だから消さないのだけど。