優しいのはいつも女の子だった

高校生の頃、一年と少しの間アメリカに住んでいた事がある。

辺鄙なところで日本人は数十人しかいなかった(全ての世帯を合わせても)。

そしてその殆どは僕の父親の会社の人達と時折やって来る留学生だった。

家の前を線路が走っていたが、それは人を運ぶ為のものでなく

ボブディランがミネソタからニューヨークまで旅立つ時に乗ったであろう貨物列車だった。

ダウンタウンまで歩いて1時間以上、学校へ行くのも40分程かかり、日本からアメリカに着いて更に国内便を二回乗り継がないと行けない所だった。

通っていた学校は現地の公立校で、日本人学校やインターナショナルスクールは存在しなかった。

そこには当たり前に色々な人種がいる。白人、ヒスパニック系、黒人、アジア人。

日本なんて彼らからすれば名前しか聞いた事ない国で、ひとつの記号と同じだった。

大江戸という名前の中華料理屋があったし、日本にマクドナルドはあるの?と聞かれたこともある。

僕だって同じクラスにいたアジア系の子のルーツが韓国だったのか中国だったのか、聞いたけれどよく分からなかった。全てはアメリカだった。

 

ある日そのアジア系の子が顔を赤くして興奮してクラスに入ってきた。

彼は典型的なお調子者でいつも明るかったのだが、その日は何やら怒っていた。

どうやらクラスの前で黒人の男の子と揉めた様だった。

その黒人の子はめちゃくちゃでかくてガタイが良くNBAの選手さながらだった。

間違いなく調子に乗っていた。調子に乗っても良いくらい格好良くて怖かった。

僕もそいつと廊下ですれ違った時にからかわれた。

そいつと一緒に白人の女の子と教師も一緒にいたはずだ。

それでもお咎めはなかった。何もなかった。僕が一方的にびびって終わった。

 

またある時は数学のクラスで最初は友好的だった白人の男の子がある時僕に唾を吐いた。

彼は僕の後ろに座っていたのだが、最初はノートに小さな水滴がついただけで

僕は何が起きているか分からず雨漏りや何か飲み物の飛沫かと思ったが、

それは数秒間続き僕も気付き、どうしようかと思ったところで隣に座っていた女の子が彼に向かって「あんた何してんの」と言って止めた。

彼はおちゃらけていた。この時も教師は何もしなかった。クラスの他の生徒も。

僕は何も出来なかった。あの時殴ってやれば良かっただろうか。ぼっこぼこにやり返されたとしても。

関係ないんだけど教師はいつもダイエットコーラの1.5リットル(日本でいうとこのね)のボトルを飲んでいた。

ダイエットコーラは砂糖が控えめなだけなので沢山飲んでも痩せないのにな、と思っていた。

 

高校生の僕は沢山の人種が暮らしている国でそういう子供じみた事が起こるのにびっくりしたし、がっかりした。

なんだか子供みたいな言い方になってしまった。だけど本当にそれ以外に言いようがない。

差別はどこに行ってもあるし、どの人種間でもあるんだとその時に感じた事を今もよく覚えている。

 

僕の中にも差別する気持ちや感情がある。

それは無意識だけど絶対に。

排他的な経営者が存在する様に。

自分を下げる事で他人を認めない様に。

マウンティングをとることで自分を守ろうとする様に。

他人の幸せが自分を疎外していると感じる様に。

 

だからって人を差別したり、危害を加えることを正当化する免罪符にはならない。

僕はあの時止めてくれた子や音楽、そして自分自身のひねくれ加減によって元気であり

外的な要因で死ぬという恐れも少なかったので今日がある。

後者に関しては誰にとってもそうあって欲しいし、感情と関係なくそうあるべきだ。

 

自分以外の人間に向ける負の感情はしょうもない。本当にしょうもない。クソの役にも立たない。