あかりによせて

新しい曲「あかり」を11/29にリリースしました。

配信のみのリリースになります。

今年の春先に出会ったサトウタイシ君と共に作った作品です。

スタッフが彼と一緒にやってみたらどうかというところから制作が始まったのだけれど

彼の第一印象は年齢が俺よりずっと下だからというのもあるだろうけど、

それだけじゃなく物凄い人見知りなんだなと思った。

 

彼はzattaというユニットを踊Foot WorksのTondenhey君と組んでいる。

ベーシストでトラックメイカーだ。

ロックも好きだけれど、ヒップホップやR&Bに明るい。

かたや俺はロックが好きで、やってきたのもほぼロックだけだ、

ロックが分からない人間と話しているとイライラしてくる様な。

 

彼との作業は試行錯誤の連続で、二人の共通言語を探し続けていた。

音楽をつくり、表現する上で大切な事とはなんだろう。

良い楽曲ってのは人の感覚や時代によって変わり、普遍的なものなんてない。

あるとしたら音楽的なことよりも文学的なことの方が定義しやすかったりする。

愛する人を失った悲しい気持ちとか、恋がはじまりそうな瞬間だとか、

人間が生きて生活を続ける限り起こりうる事だ。

かたや音楽になるとドラムの音ひとつにしても、いとも容易く古く田舎っぽくなり

かといって新しい音であればかっこよく洗練されるというわけでもない。

かえって死ぬほどダサいものになったりする。

 

俺もタイシもお互いにこんな事を言ったりした事はないが、

一緒に楽曲をつくる事が本当に正しいことなのかどうか、不安な中手探りでやってきたし

今とりかかっている新しい曲たちも本当にいいものが出来るか分からない部分もある。

これは人に勇気付けられる事で前へ進めるという事じゃない。

つくる、というのは孤独な事だとつくづく感じる。

真っ暗闇の中、自分の心だけを頼りに作っていかないとならない。

素晴らしい楽曲はすでに世の中に沢山あり、現代的にアップデートされた素晴らしい作品もある。

それなのに、もう若者とは言えない俺が現代的な音で作るのはとびきり間抜けでみっともないのではないか。

タイシのキャリアにとってもプラスになるんだろうかと、そう感じる事も少なくなかった。

 

それでもこうして形に出来たのは、タイシと俺の間に共有できる「なにか」があるからだと思っている。

オドオドしていて自信なさげだが、負けず嫌いだし、筋は通っていて芯を食う様な事を言う。

抱えている不安をシェアしてくれたし、一緒にご飯を食べたり、ゲームをしたり、音楽を聴いたりした。

俺も彼も口数が多いタイプではないが、自分を見ている様な気持ちになったり、共感できる部分がある。

一人では絶対にできなかったことができた。二人だから作る事ができた。

 

非音楽的なプロセスとコミュケーションが音楽として身を結ぶ。

ってことは結局俺たちの周りにはいつも音楽があり、それが普遍的なのかもしれない。

ジャンルじゃなくて音楽をつくり表現するのであれば、今までと違う事はない。

 

反応聞かせてください、俺もタイシも嬉しいです。

そしてここから彼とつくった楽曲を隔月でリリースします。

次は1月です、よろしくどうぞ!