名前はまだない

8/31の配信ライヴをご覧くださった皆さまどうもありがとうございます。

夏が終わったなという気持ちです。

今年は皆んなにとってもそうだと思うし、自分にとっても色々な事があり忘れられない一年になると思います。

自分の人生の1ページに大きな印がつく様な、後から振り返ってもきっと今年は特別になるんだろうな。

先日のライヴもそのひとつに含まれています。

世の中がこういう状況でなければ絶対にやらなかったであろう挑戦だった。

新しい事に挑戦したつもりだったんだけど、よくよく思い返してみれば俺のイベントは毎回こんな感じだった。

配信用に手段を変えた部分はあるけれど内容自体は今までやってきた事と地続きだ。

でもそういう自分らしい事が出来たのは本当に協力してくれたメンバーとスタッフのおかげです。

今まで当たり前にやってきたライヴが当たり前に出来なくなってしまった事もあって特別なライヴになった。

当たり前でなくなった事で色々な人たちの事を思い出す機会が多くなったなあ。

もう会えない人や、なんとなく会わなくなった人、遠くへ旅立ち会えなくなる人にこれからやってくる人。

この夏をいつでも思い出せる様に作った新しい曲でした。

タイトルはまだありません。

またそのうちに演奏できますように。

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二人は結局ダメになったって風の噂で聞いたよ
あの子は今頃元気でいるかな 折り返しの電話もないけど

七月の肌寒い夜 夜露で湿った匂いの服
ビルの向こう側に見えた 花火は音もなく上がってる
またひとつ またひとつ

悲しいニュースは君のことじゃないのにね 今日もまた傷ついてばかりいる
東京の街を離れても元気でいてね 時々は会いに行くよ

八月の青く高い空 時間の止まった様な午後
はるか向こうの街に見えた雷鳴 夕立の降る気配
もうすぐに もうすぐに

辛いことならなくなりはしない でもずっと続いて行く訳でもないんだからさ
毎日は上手く行かないけど何とかやっているよ 今日もまた歌っているよ

そばへ来て 顔を見せて 君の泣き声聞かせてくれよ
嬉しそうに 楽しそうに この世に生まれてきた意味を
何度でも 何度でも

明日8/31のライヴについて

もう明日が本番だ。

自粛要請が解除され感染者数が減り少しずつ日常が戻ってくるのかなという時期だった。

今回のメンバーとスタッフでご飯を食べに行った。

その時はライヴをやるなんて全く思ってなくて、久々に外出をという感じの集いだった。

その時に誰かが「全パート揃ってるんだしバンドやったらいいじゃないですか」と言った。

「あっ本当だね」「やりましょやりましょ」「映像班もいます」「会場に聞いてみましょう」

ただお酒の席でのこういう話自体がアルコールの様なもので飲み干され忘れ去られていくのが常だ。

酔っ払いの戯言を最初に現実にしてくれたのはドラムのイトケンだった。

話をした翌日にすぐラインのグループを作ってくれた。

夢の様な話を現実にする為の一歩って言葉にすると簡単なことなんだけどとても重要で

ほとんどの場合、その一歩が億劫で踏み出せず、始まらない。

 

最初のリハーサルが決まり、2回目、またその次とスケジュールが決まっていった。

もうここ数年は一回のライヴの為に2~3回リハをする程度だったのだけれど今回はかなりやった。

1回目のリハからすでに感触はよかったのだけど回を追うごとに良くなっていって、変な言い方だけど本当のバンドみたいになってきた。

ナリさんはもう何回もベース弾いてくれているし人間的にも安定しているし。

りょうちと二人でギターを弾いていると音の重なりに我ながら聴き惚れたりする。

中学生の時に初めてバンドの真似事をしてスタジオで音を鳴らした時、顔中がニヤニヤして自分でも分かってるけれど止められなかった。

そういう事は大人になってからはもうなかったのだけど、先日ゲネをやっている時もニヤニヤが止まらなかった。

四人で演奏しているだけでも十分に気持ちが良いんだけど、太朗が鍵盤で、タイシがサンプラーで音を足した時に掛け算で音が広がっていって泣きそうになってしまった。

太朗は晩安宝貝で、タイシはあかりと画期的なアイデアで色々と助けてもらった。

今回二人が同じ日に一緒にいてくれる事は本当に嬉しいしとても心強い。

 

奇妙さんは今年春に一度会ったきりで(パンを取りに来てくれた)、中々会いにも行けない様な世の状況だったけど

今じゃなかったら次はいつになるか分からないのでお誘いしてしまいました。

奇妙さんは相変わらず奇妙さんで、明日も本当に何が起こるんだろうとドキドキします。

まじでドキドキする。なんていうか観ていただければ分かるはずです。

配信ライヴってなんだろうって色々考えてきたんだけど、その核心にふれる様な気がする。別にふれなくってもいいんだけどね。

ライヴはアクシデントが必要でアクシデントこそがライヴを良くしたり編集された映像作品との差異が生まれるんじゃないかって思ったりしてます。

 

そして渡會君です。

今年4月に予定していた公演(延期中)をきっかけにHANDSOMEは再び動き出した訳ですが、改めて思う事があって。

本当に彼は多才で行動的でなによりえらいなって感動します。

本人は嫌がるだろうけど(!)他人とか世の為にあんなに動く人ってあまり見たことがない。

多分そういう意識もないと思うんだけどね。そこがまた凄いよね。

実はHANDSOME以外での共演ってほとんどなくって、しかも俺のイベントにゲストで出てもらうってのは初めて(対バンゲストはあったけれど)。

 

そうそう、小野くんもフライヤーをデザインしてくれました。

みなさんがライヴ開始までの待機画面でも観るやつです。

小野くんには多々無理言ってデザインものお願いしたりしてます、いつもすみません。

ゲストでお招きしてないのは、小野くんがいたらHANDSOMEよりになっちゃうし期待もされるだろうからね。

HANDSOMEはHANDSOMEでやるので、引き続きいろんな事を楽しみにしていてください。

それと今回のゲストは敬愛している人たちというのがあって、小野くんは友愛って感じです。

どっちがいいとかじゃなくって、今回のゲストの方達は敬愛をキーワードに声をかけさせていただきました。

 

最後に今回は初めての(最後かも)配信ワンマンということもありスタッフも沢山の人達が動いてくれています。

いつもめっちゃ頼りにしているラヴコロさんはもちろん、PAつぼいくん、照明なおき、映像班のりおちゃんとそのチームの皆さん、会場との窓口をしてくれているちなっちゃん。

どうして皆んな俺なんかの為に力を貸してくれるのだろう、俺はどうやったら返せるだろうと思ってしまう。

 

夏の終わりに相応しい、ほんのり寂しくてとっても楽しいライヴにします。

それでは明日、皆さんの画面の前でお会いしましょう!

水野創太GROUP「スローダンスEP」について

曲を書いて、歌う人と一緒に音楽をやりたいと思ったのがきっかけだった気がする。

自作自演アーティストは楽器の弾き方や間の取り方が息遣いや楽曲の緩急に寄り添った演奏になる。

ミュージシャンだともっとエッジが立った演奏になったり、リズムやビートの組み立てが変わってくる。

どっちが良いって事ではなく、その時は歌にフォーカスした事がやりたかった。

2013年の夏、横浜といっても海ではなく山の方、しかも山手の方では無い山の方(僕は横浜の方という言い方をするんだけど、土地勘がある人にはなんとなく通じる)に何人かで飲みに行った帰り、上記の様なグループをやりたいんだけどと太朗と浩樹に話した。

 

それからなんとなくスタジオに入ってみようとなり一緒に演奏をしたのだけど、

「わたしをみつけて」という曲を初めて歌った時、二人のコーラスの上手さにびびったしちびったかもしれない。

浩樹の声は楽器だった。声が楽器になる人は多くなく(浩樹とは全然質が違うけれど)ビートルズのア・デイ・イン・ザ・ライフの歌い出しのジョンの声の様にいつもハッとさせられた。

太朗の抜群の耳の良さとふくよかな低音(実は高い音もしっかり出る)は、僕のフラフラする歌をしっかりと支えてくれる柱だった。

心に焼き付いて離れない演奏がいくつかあり、この瞬間もそのひとつだ。

音楽を続ける事は辛い事もあるけれど、こういう瞬間があると帳消しになる。

この為にずっと続けてきたんだと思えるし辛い事も大して辛くないと思える。

そのままの勢いで「僕らは友だち」「夜光」と、するするアレンジが出来た。

 

「スローダンス」はこの三人で演奏したのが初めてだった。

コード進行は一つのパターンしかなく、それも四度から1度へ向かっていくだけの珍しい進行ではない。

それでも自分の中で珍しい位にすぐ出来た曲だった。

リハーサル中に僕がポロンポロンと曲のかけらとして弾いていた。

「それ何の曲?」と浩樹が言った。

その数十分後には曲が出来上がっていた。

イントロのフレーズは浩樹が弾いてたものがモチーフになっている。

 

「晩安宝貝」に入っている「ウォーアイニー」も水野グループの演奏が基になっている。

この曲は色々手を変え品を変え様々なバージョンでやって来たのだけど、ずっとどうしたらいいか分からないままだった。

ウォーアイニーだけでアルバム作れるくらいのバージョン数がある。

これも試しにやってみるか~と演奏したら形になった。

いいチームはスムーズに行く事が多い。いつもスムーズって訳にはいかないけど。

水野グループに限らず、EdBUSもHANDSOMEも何かが生まれる時は、生まれる前からキラキラしているのが分かる。

何か分からないキラキラ光るものに形をつけるって事をしているんじゃないかな。

それは宇宙の中で、地球上で、人間に与えられた力の中でも最も尊い事のひとつだと思う。

 

途切れながらも緩やかに活動していた水野GROUPは2017年の秋を最後に演奏をしていない。

太朗がTENDREで活躍中なので中々時間がとれないというのもあるけど、浩樹と連絡がとれなくなってしまった。

そうそう去年の11月に偶然浩樹と会ったんだよ。その時に連絡先を聞いて春に連絡をしたけれど返事がない。

元気なら良いんだけど、太朗と会うたびに浩樹の話題になり、水野GROUPやりたいねと話をしている。

 

オンラインストアで販売している水野創太GROUPのEPは単発でリリースした楽曲から数曲を選りすぐり2015年の初夏、O-EASTでのライヴに合わせて作ったものになります。

すっかり売り切れたと思い込んでたんだけど少しだけ在庫見つかりました。

売り切れたらもう再プレスはしないと思いますので是非。

盤面は太朗が絵を描いてデザインしてくれた。WALTZのロゴも彼が描いてくれてます。

EASTのライヴではアンコールにペトロールズ、在日ファンク、Reiちゃんと水野GROUPでゲロッパやったんだよな、懐かしいな。

 

また三人で演奏したいって今も毎月、今日だってそう思う。

恥くらいかかないとな

過去の一部作品のデジタル配信とオンラインストアでの販売を始めました。

なんでもっと売れないんだろうと自分で思っていたんだけど、そりゃあな。

広く聴かれる形式で音楽をリリースしてないんだもんな。

それに過去に自分がつくったものに対して恥ずかしくなってしまうというか。

「えっいいよ、新しいのつくるから、つくったら言うね」ってなってしまう。

でも背に腹は代えられぬ。生きねばならぬというのは自分のタガを外す良いきっかけなんだろうな。

今まで正しいとされてた事、価値があると見做されていた事がご破算となった今、

自分が普通だと常識だと思っていた事も思い込みだったんだろう。

 

振り返ってみれば去年から今に至るまで「俺の考える常識や大切な事は他人にとっては非常識だったりどうでもいい」って事を思い知る期間だったのかもしれない。

つまり俺の物差しで自分の事を卑下したり落ち込んだりする必要ないって事かも。

他人からしてみたらどうでもいい事なんだから、俺が恥だと思ってる事は恥じゃないのかもしれない。

まだ頭では分かっているけど、、っていう状態なので心と体が追いつくにはもっと積極的に恥をかいていかないとだけど。

オンラインストアの作品に手を伸ばして頂く為にも、過去作品についてお話ししたり書いたりしようかな。

それぞれに物語があって、それなりに傷を負っていて、いびつにきらきらと光ったりしています。

ブログでもいいし、youtubeやインスタの配信でもいいし、ご質問やリクエストありましたら各SNSで頂けますとこれ幸いです。

 

今年の梅雨は非常に梅雨らしくて、うえーってなるけれど、もう少しで夏です。

久しぶりに皆さんにお越し頂いてのライヴもありますので、2020年は今から始まると思って楽しみましょうね。

祈る様に歌い、焼く

理由はとても個人的な事だけれどここ一週間、胸がざわざわする。

世の中が少しずつ動き出しているのに、身動きがとれない事に焦ってしまう。

まだこの先もこのままなのか、少し良くなるのか、自分ではどうにも出来ない。

じたばたしてもどうにもならないけれど、気持ちをどうやって落ち着けたら良いのか。

自分に出来る事はやっているはずだけれど、全然足りないと思ってしまう。

とか言いながら最近は眠くて眠くてすぐ寝てしまうし、腹も減る。

きっと体が元気な分、心を持て余しているのだろう。

 

良い方向に転がっていけば嬉しい。

でもダメだったら??その時の自分の落ち込み様を想像して落ち込んでしまう。

良いイメージをする様に心がけているけれど、自分の力が及ばない事に対してはどうしたら良い?

未来から現在を見つめると今の状況が自分にとって大きな転換点には違いないけど

手に余る不安をどうやってハンドリングしたら良いのだろう。

じたばたと手を動かしても好転しない事や、なんでもない所から切り開けていく事もある。

今はどこだ?俺はどこにいるんだろう?祈ることしか出来ないだろうか?

違うよな、何か手立てがあるはずなんだ。

 

俺はまだ何もしていないだろうか?

ちゃんと未来に向かって動けているだろうか?

自分の希望だけを明かりにして真っ暗闇を歩いている。

なあ、あとどれくらい?いつまで歩ける?

表に出たがる裏方やプロ意識の高いアマチュア

最近は起きなくちゃいけないという事がないから無理して眠らなくてもいい。

何時であろうと目が覚めたらそこから朝が始まる。

別に朝が来たからって何をする訳でもなく、ぼーっとしてたりするんだけど。

 

ここ2ヶ月程ツイッターやインスタグラムに毎日投稿している。

意識的に頻繁にやろうと思って。頻繁にやろうと思った理由はそんなにない。

やってみたらどうなるか、とかも考えてない。結果的に考えさせられる事はあるけどね。

だから飽きたらやめちゃうだろうし、音楽をやって人前に出ていなかったら俺はSNSやってないと思う。

やっていたとしても自分の中に鬱屈した何かがある時に捌け口として使ってたんじゃなかろうか。

だけどそういう使い方はしょうもない。出来るだけ自意識と距離をとっていたい。

ソーシャルディスタンス云々言うのに、心の距離感がおかしいなって思う事がままある。

他人との距離感だけじゃなくて、自分自身との距離感を測れない事も珍しくない。

 

友人のアーティスト数人は「SNS疲れる」と言っていたりした。その感覚はよくわかる。

自意識の集合体だし、自意識はどんどんと膨れ上がって行く。

自粛を余儀なくされてから益々膨れ上がって行く様に見える。

自意識の受け皿になり、自身の自意識も膨らませて行くのだから辛いよな。

今のところ俺はもう嫌な人やものとは極力関わり合いにならないと決めたのでSNSやっていて嫌な思いをする事も「少ない」。

 

俺があまり嫌な気持ちにならないのは、自分が好きな事を好きな様にやっているからだと思う。

人に認められたいからパンを焼いてる訳じゃないし、音楽をやっている訳じゃない。

(そりゃあ認められたら嬉しい。お金は欲しいしある分には困らないけど、金持ちになる為に身を粉にしようと思わないみたいな)

自分の気持ちを不必要にざわつかせるものは遮断した方がいい。

ざわついた時に向き合わなきゃいけないものもあるけれど、それはいつも自分の内側からやってくる。

外側はきっかけでしかないから、内に響いてこないものは遮断してしまえば良いと思うんだ。

嫌な事あっても少し体動かしたら頭はすっきりするし。体には心の浄化をする機能が備わっている気がする。

 

それにしてもSNSに跋扈するドラキー並みの出現率の、あの話にならない人たちって普段から話にならないのかな?

それとも普段は普通なのにSNS上だけおかしな感じになるのかな?

どっちにしてもやばいし、それならSNSって必要ないじゃんって思うんだけど。

 

俺がパン焼いてる優しいだけのおじさんだと思うなよ。

俺は最後のパンクだからな~!

心はいつでも鋲付きの革ジャン着てるからな~!

でかいのにラバーソール履いてるからな~!!

そして体重は増えつつあるが、心の中ではガリガリだからな~!

優しいのはいつも女の子だった

高校生の頃、一年と少しの間アメリカに住んでいた事がある。

辺鄙なところで日本人は数十人しかいなかった(全ての世帯を合わせても)。

そしてその殆どは僕の父親の会社の人達と時折やって来る留学生だった。

家の前を線路が走っていたが、それは人を運ぶ為のものでなく

ボブディランがミネソタからニューヨークまで旅立つ時に乗ったであろう貨物列車だった。

ダウンタウンまで歩いて1時間以上、学校へ行くのも40分程かかり、日本からアメリカに着いて更に国内便を二回乗り継がないと行けない所だった。

通っていた学校は現地の公立校で、日本人学校やインターナショナルスクールは存在しなかった。

そこには当たり前に色々な人種がいる。白人、ヒスパニック系、黒人、アジア人。

日本なんて彼らからすれば名前しか聞いた事ない国で、ひとつの記号と同じだった。

大江戸という名前の中華料理屋があったし、日本にマクドナルドはあるの?と聞かれたこともある。

僕だって同じクラスにいたアジア系の子のルーツが韓国だったのか中国だったのか、聞いたけれどよく分からなかった。全てはアメリカだった。

 

ある日そのアジア系の子が顔を赤くして興奮してクラスに入ってきた。

彼は典型的なお調子者でいつも明るかったのだが、その日は何やら怒っていた。

どうやらクラスの前で黒人の男の子と揉めた様だった。

その黒人の子はめちゃくちゃでかくてガタイが良くNBAの選手さながらだった。

間違いなく調子に乗っていた。調子に乗っても良いくらい格好良くて怖かった。

僕もそいつと廊下ですれ違った時にからかわれた。

そいつと一緒に白人の女の子と教師も一緒にいたはずだ。

それでもお咎めはなかった。何もなかった。僕が一方的にびびって終わった。

 

またある時は数学のクラスで最初は友好的だった白人の男の子がある時僕に唾を吐いた。

彼は僕の後ろに座っていたのだが、最初はノートに小さな水滴がついただけで

僕は何が起きているか分からず雨漏りや何か飲み物の飛沫かと思ったが、

それは数秒間続き僕も気付き、どうしようかと思ったところで隣に座っていた女の子が彼に向かって「あんた何してんの」と言って止めた。

彼はおちゃらけていた。この時も教師は何もしなかった。クラスの他の生徒も。

僕は何も出来なかった。あの時殴ってやれば良かっただろうか。ぼっこぼこにやり返されたとしても。

関係ないんだけど教師はいつもダイエットコーラの1.5リットル(日本でいうとこのね)のボトルを飲んでいた。

ダイエットコーラは砂糖が控えめなだけなので沢山飲んでも痩せないのにな、と思っていた。

 

高校生の僕は沢山の人種が暮らしている国でそういう子供じみた事が起こるのにびっくりしたし、がっかりした。

なんだか子供みたいな言い方になってしまった。だけど本当にそれ以外に言いようがない。

差別はどこに行ってもあるし、どの人種間でもあるんだとその時に感じた事を今もよく覚えている。

 

僕の中にも差別する気持ちや感情がある。

それは無意識だけど絶対に。

排他的な経営者が存在する様に。

自分を下げる事で他人を認めない様に。

マウンティングをとることで自分を守ろうとする様に。

他人の幸せが自分を疎外していると感じる様に。

 

だからって人を差別したり、危害を加えることを正当化する免罪符にはならない。

僕はあの時止めてくれた子や音楽、そして自分自身のひねくれ加減によって元気であり

外的な要因で死ぬという恐れも少なかったので今日がある。

後者に関しては誰にとってもそうあって欲しいし、感情と関係なくそうあるべきだ。

 

自分以外の人間に向ける負の感情はしょうもない。本当にしょうもない。クソの役にも立たない。

パンの人とは

パンが好きで。

旅行すると、その町のパン屋を調べて朝買いに行ったり。

用事があって出かける先の近くにパン屋があれば寄り道したり。

「その町のパン屋」っていうのがいいよね。

 

好きなパン屋さんがある。

人気のあるお店なので開店前からお客さんが並んでいる。

自粛要請が出てからも並んでおり、いつもより早く売り切れになったりもしていた。

そんな中で心無い事を言う人がいるのだそうだ。

こんな時に人を並ばせてどういうつもりなのかとか。

昔から利用してたけど、忙しいからって愛想が云々とか。

そしてちょっと前からお店は休みになってしまった。

 

上のお店だけじゃなく人気のパン屋さんがいつもより混み合っている様な印象がある。

きっと皆んな不安な中、気を紛らわそうとしたり安心しようとして出かけているのもあるんだと思う。

だから、なんだけど。不安が解消できない時に他人に八つ当たりはよくないし、どうかしている。

こんな状況で開けている町のパン屋には本当に頭が下がる。

なんとかしてその町の人たちにいつも通りを届けようとしてくれているんだから。

むしろ休んだ方が楽な状況になってきた様にも思う。

それでもお店を開けて、本当ならお願いしたくない面倒な事をお客さんにお願いして。

 

誰かにとってはこんな時にも並ばせてる、非常識な店!かもしれないけど、誰かにとっては大切な場所だったりする。

俺みたいに時々しか行かない人間は今は自分でパン焼いて食ってりゃあいいんだ。

大切な人たちにちゃんと届きますように。そんな事考えながら毎日パン焼いてます。

 

なんだこれ、パンの人じゃん!

夜が早い朝が早い

みなさんいかがお過ごしですか。

日に日に取り巻く状況が変わって行き深刻さマシマシな感じですが大丈夫ですか。

僕は本当に個人的にですが、自分が囚われていたものから解放されてとても身軽です。

今日よりもここ一年の方が重かった。個人的に。

 

暗い時というのは光がハッキリと分かるようになる。

明るい時は影のことなんて考えもしないのに。

暗い時の方が影も色濃く、手に取るように分かる。

明るい時には目がくらみ大切なものを見落としやすくなる。

 

不安な気持ちを落ち着かせようと、いつも通りを求めたり

いつもと違うことを求めたりするのは別に構わないけど

他人もいつもとは違うのだから、うまく行かなくても裏切られた様な気持ちになっちゃいけないよ。

だって優しさを求めたのは君であって、君が優しさを求められた訳じゃないんだから。

 

こんな時じゃなくても、誰かに差出せる優しさをいつでも大切にね。

並行・平行

因縁の解決と、健康一番。

今年に入ってからそんな事を思っている。

 

言葉にならない、もしくは目には見えない、微細なものが自分の周りに溢れている。

自分が信じてやってきた事や言ってきた事は長い時間をかけ、遠回りをして自分の元へ帰ってきた。

君の考えは正しいかもしれないし、俺の考えも正しいかもしれない。

両方間違っているかもしれないし、どちらかだけが間違っているかもしれない。

そんな風にそれぞれの価値観によって生まれる世界や次元はいくつかあるかもしれない。

でも生まれて、死ぬことが誰にとっても等しい様に、真理は価値観に左右されない。

 

音楽もそうだな。誰にとっても等しく鳴るもんな。いいよな。

俺もケチャップ好きだし

先日、大貫妙子さんが好きだと、とある人が言っていた。

俺は恥ずかしながらシュガーベイブ以外で彼女の曲を聴きこんだ事はなく、

時々どこかで曲が流れている時に、大貫さんだ、と思う位だった。

それがここ最近偶然「都会」を耳にする事が度々あり、いいなあと思っていた矢先に大貫さんの話になった。

 

シュガーベイブが2005年に30周年記念盤をリリースした時だったろうか、

なにかのインタビューだったのかライナーノーツだったのか定かではないが

彼女のコメントでずっと頭に残っているエピソードがある。

(お金がなくて、という様な事だった様な記憶があるけれど全然違うかも)

「毎日ケチャップだけのスパゲッティ・ナポリタンだけでも音楽に囲まれていればそれで幸せだった」

と言っていた。これを書いている今もだけれど、この言葉を思い出す度に泣いてしまいそうになる。

それはきっと、音楽だけじゃなくて、大好きな何かがある人には共有できる気持ちのはず。

それから10年後の40周年記念盤リリースの際には山下達郎さんとの対談がネットにアップされており、その際にも大貫妙子さんは同じ事を言っていた。

 

冒頭の知人と話をしてから、色々ネットで情報を探していたら、さらに別の場所でも同じ事を言っていた。

40代になってから、ようやく人前で歌える様になったとも。

自分を取り巻く環境でなく、音楽と自分に向き合い続けていて、大切なものが変わっていないんだなと、まるで自分が励まされている様に感動した。

俺も少なくなってきているけれど、中学生の時にいろんな音楽に感動した様に、いまだに音楽を聴いて感動したりするから。

 

30周年、40周年の時には上に書いた様な事でコメントは終わっていたのだけれど、別の記事でのコメントにはこんな風に続いていた。

本当に好きなことなら、世の中が今それを認めなくても、必ず続けていけると思います。何故なら、そのことは自分を幸せにしてくれるから。

ごあいさつ

先日、人から新しい音楽を教えてもらった。

新しいというのは、前からあるけれど俺は知らないということです。

サブスクで気軽に新旧問わず様々な音楽にアクセス出来るというのは本当にすごいこと。

金銭面から今月買えるCDは2~3枚で、聴きたい音楽はその10倍以上あった、10~20代の俺からしたらありがたい話だよ。

 

教えてもらった中に、ハウ・ゲルブというアメリカのアーティストがいて、俺のやりたい事のひとつだと思った。

アメリカのどこかも知らない、アメリカ人の音楽好きだって知らないかもしれないインディアーティストが、10年以上前に作った音楽。

それがアジアの極東で話題に上がり、俺は感銘を受けて、宝物のひとつになる。

ゲルブ氏本人だってそんな事思ってなかっただろう。

 

音楽だけでなく何かを生み出す、表現をするというのはとても孤独なことだ。

真っ暗闇の中を自分の心だけを頼りに進み続ける。

素晴らしい音楽は、沢山の孤独だ。

自分もその孤独に連なる事ができるだろうか。

どこか遠くの名前も知らない国の、街の、通りで、顔も思い浮かばない誰かの琴線にふれるような。

でもそれは二次的なことで、感動をさせたいのではなく、自分が感動していたい。

音楽は星の光の様だと思う。強い光、弱い光、何万年の光が地球まで届き、点と点を結んで正座になったり、北極星の様に道しるべになったりする。

その星のひとつひとつは全て孤独で、ひとつずつが光を放っている。

 

やる事で意味が出てくる事というのがある。

俺自身は音楽の為に音楽をやっているけれど(勿論人に評価されたいとか多少注目されたい下心もあるけどさ)、音楽は音楽に繋がる。

真っ暗闇の中では、まず自分の光を頼りにするしかない。

俺はいつから光に自分でカーテンを閉める様になったんだろう。

会いたい人に会いに行き、歌いたい歌を歌っていれば、それだけで良いじゃないか。

 

すっからかんになるところから始めようと思っています。

今年もよろしくお願いします。

あかりによせて

新しい曲「あかり」を11/29にリリースしました。

配信のみのリリースになります。

今年の春先に出会ったサトウタイシ君と共に作った作品です。

スタッフが彼と一緒にやってみたらどうかというところから制作が始まったのだけれど

彼の第一印象は年齢が俺よりずっと下だからというのもあるだろうけど、

それだけじゃなく物凄い人見知りなんだなと思った。

 

彼はzattaというユニットを踊Foot WorksのTondenhey君と組んでいる。

ベーシストでトラックメイカーだ。

ロックも好きだけれど、ヒップホップやR&Bに明るい。

かたや俺はロックが好きで、やってきたのもほぼロックだけだ、

ロックが分からない人間と話しているとイライラしてくる様な。

 

彼との作業は試行錯誤の連続で、二人の共通言語を探し続けていた。

音楽をつくり、表現する上で大切な事とはなんだろう。

良い楽曲ってのは人の感覚や時代によって変わり、普遍的なものなんてない。

あるとしたら音楽的なことよりも文学的なことの方が定義しやすかったりする。

愛する人を失った悲しい気持ちとか、恋がはじまりそうな瞬間だとか、

人間が生きて生活を続ける限り起こりうる事だ。

かたや音楽になるとドラムの音ひとつにしても、いとも容易く古く田舎っぽくなり

かといって新しい音であればかっこよく洗練されるというわけでもない。

かえって死ぬほどダサいものになったりする。

 

俺もタイシもお互いにこんな事を言ったりした事はないが、

一緒に楽曲をつくる事が本当に正しいことなのかどうか、不安な中手探りでやってきたし

今とりかかっている新しい曲たちも本当にいいものが出来るか分からない部分もある。

これは人に勇気付けられる事で前へ進めるという事じゃない。

つくる、というのは孤独な事だとつくづく感じる。

真っ暗闇の中、自分の心だけを頼りに作っていかないとならない。

素晴らしい楽曲はすでに世の中に沢山あり、現代的にアップデートされた素晴らしい作品もある。

それなのに、もう若者とは言えない俺が現代的な音で作るのはとびきり間抜けでみっともないのではないか。

タイシのキャリアにとってもプラスになるんだろうかと、そう感じる事も少なくなかった。

 

それでもこうして形に出来たのは、タイシと俺の間に共有できる「なにか」があるからだと思っている。

オドオドしていて自信なさげだが、負けず嫌いだし、筋は通っていて芯を食う様な事を言う。

抱えている不安をシェアしてくれたし、一緒にご飯を食べたり、ゲームをしたり、音楽を聴いたりした。

俺も彼も口数が多いタイプではないが、自分を見ている様な気持ちになったり、共感できる部分がある。

一人では絶対にできなかったことができた。二人だから作る事ができた。

 

非音楽的なプロセスとコミュケーションが音楽として身を結ぶ。

ってことは結局俺たちの周りにはいつも音楽があり、それが普遍的なのかもしれない。

ジャンルじゃなくて音楽をつくり表現するのであれば、今までと違う事はない。

 

反応聞かせてください、俺もタイシも嬉しいです。

そしてここから彼とつくった楽曲を隔月でリリースします。

次は1月です、よろしくどうぞ!

-_-

最近、どんどん無口になっている気がする。

元々、口数多い方ではないと思うけれど、どんどん喋らなくなってる気がする。

以前は緊張して上手く喋れなかったりしたのだけれど、最近では喋る気がないのかこいつは。と自らに思う。

人の話を聞いていても「ああそうだよなあ、皆んなそれぞれの立場があるものね」とか「あんまり気持ちいい話じゃないなあ」とか自分の中で完結してしまう。

 

それにくたびれている。ここ数ヶ月、いろんな人たちの、いろんな話を聞いて、心がくたびれてしまった。

ささくれ立ち、敏感になり、誰が何を考えているか透けて見えてしまいそうな気がして嫌になってしまう。

思い返してみると10年前とかはよくこんな気持ちになっていた。というかほぼ毎日そうだった。

30代になって、心が無防備の状態が少なくなり、傷つかない術を少しずつ身につけたのに、もっかい思春期が来てしまったみたいだ。

 

他人は君を雨宿りさせる為にいる訳じゃない。優しさはいつでも前借りで、必ず返さないといけない時が来る。

疲れた、本当に。

風の噂で聞きがちなこと

風の噂で、知人が結婚したと言う話を聞いた。

数年前にパートナーが突然亡くなり、お仕事が出来なくなってしまった。

少しお休みした後に復帰されたのだけど、目に見える世界はこれまでと変わってしまった。

どんなに苦しいことだろうと考える。消えたくても死ねない、ってのは。

 

当初は周りの人たちも気遣ってくれただろうけれど

同じ経験をした人以外、誰もその辛さを本当には理解できないし

他人の時間は他人の時間として流れていくから、いつまでも優しくはしてくれない。

同じところにとどまり続けるのがどれほど辛い事だろうか、とはなかなか思ってもらえない。

想像力というのは、他人が感じている事を、自分の事として感じられるかどうかだから。

それは毎日毎日傷ついて生きる様なもので、夏の暑さを毎年忘れるみたいに、

生き延びていく為の防衛装置として想像力にはリミッターがかかっているんだと思う。

 

辛い時は、辛い事が続く。

仕事は上手く行かず、周りも次第に離れていく。

状況は変わり、今まで出来た事も上手く行かなくなっていく。

今まで自分がしてきた事が全部自分に返ってくる。

今までのやり方では切り抜けられない時が来る。

元々上手く行ってたんじゃない、なんとか形になっていただけだと。

辛い時に辛いのは、今までの自分が全部間違っていた様に思うから。

最後にすがれるものは自分が歩いてきた道のりだけなのに、それすら間違っていたなんて。

 

だけどね、そういう局面て皆んなに訪れるものではないと思うんだよ。

その人だけに与えられた瞬間があって、運命に負けずに変わる事だってできるんじゃないかな。

今まで人の気持ちを顧みずにやって来なかったよな、でもここからはまた新しい日が始まるよって。

今は夜明け前の一番暗い時なんじゃないかって思う。

 

最終的に仕事を辞めることを選んだ。

誰かが言った。逃げたなと。

一体そいつに何が分かると言うのだろう。

 

それから時間が経って思うのは、悲しくて乗り越えられない事もある、ということだ。

乗り越えなくていい、とは思わない。

というのは、乗り越えなくてもいい、って書いて、違うなって思ったから。

乗り越えられないまま、毎日は続いていく。

大体のことは、良くないか最悪かのどちらかで、時々それを忘れられる日がある。

 

ある時を境に人生のトーンが、これまでより色あせて、沈んだ色合いになったとしても

その中にも綺麗だと思う色があって欲しいし、あると思う。

止まない雨はあるし、明けない夜もある。

でも傘を差してくれる人や、明かりを照らしてくれる人もいる。

 

おめでとうございます、幸せになってくださいね。

今日の昼、何食べた

夏が終わろうとしている。早かった。てか今年まじ早い。

早いし、何も落ち着いてない。年初の気分のまま夏が終わる。

別にいいか、それで。それが望んていたことかもしれない。

今月の奇妙さんとの定期公演ももう数日後、8/28水曜日だ。

前回から早い様な、長かった様な。

レコーディングが終わりました。

春から新しい曲の制作にとりかかっているんだけど、

その1回目のプロジェクトがもうちょっとで一段落します。

とはいえやらなきゃいけないことは沢山あるし、今ようやくスタートラインに立とうとしている。

去年末もそんなことを言っていたけれど、重い扉をこじ開けたら暗い道が続いてて。

みたいなことってまじであるんだな。歌だけじゃないんだな。

それでもめげずにやりましょう。歌の様になるかもしれない。

今年はいろんなことがあるけれど、それは俺だけじゃなくて皆んなにもいろんなことがあるってことだよね。

そりゃあいろんな人の話を聞く機会も増えるよな。

がんばろうね、年末に今年楽しかったって言える様に。

かるくもっとかるく

色んなことがあるなあ。

 

思う様にいかないことの方が多いけれど、大体そんなものじゃないか。

いちいち気持ちが落ち込まない様に、さあ次だ、やれる事はまだ沢山ある。

好きな様に生きようとしたら無傷では済まないから怪我をする度に痛がってられない。

思い描いてたのとは違うけれど、望んだ様に生きているじゃないか。

俺のことは誰が面倒見るんだろうな、と去年ふと思った。

その時に自分で見るしかないなって、そう答えを出した。

誰にも頼らないって事じゃなくて自分の好きな事をしようと思ったんだよ。

 

その考えの先に俺は今立っている。

おまえの望んだ場所に今立ったぞ、さあどうだ、やっぱりやめとけばよかったか?

今年に入ってから失敗をした。大きいのも小さいのも。

頭に来ることもあるし、落ち込むこともある。後悔しそうになる時もある。

それでも自分に尋ねてみると後悔していない、と返ってくる。

幸せなのか、それとも頭がおかしくなってるのか分からないが、後悔はひとつもない。

 

それに思ってもないことも起きたりする。

奇妙さんと定期的にライヴをやる事になりました。

お知らせが直前になってしまったけれど、決まったの発表の二、三日前で。

とてもふわっと奇妙さんがやりましょうかと言ってくださった。

聞き逃す位さらっとしていた。聞き逃しはしないが。

奇妙さんがどうしてそう言ってくれたのか、今もよく分かっていないのだけれど

嬉しいことはいつも自分の想像しなかったところに起こるし、ノリがいい。

 

その日は色々な事に対して自分なりに腹を括った日だった。

そんな日に奇妙さんが連絡をくれて、飲みに行って、ライヴが決まった。

思う様にいかないことなんて、うるさいだけでどうでもいい。

聞き逃してしまう様な中に嬉しい事はあるのだから。

 

20時から。ふらっと遊びに来てね。

自分に迷い振り回される、もっと

短くてもいいから書けよってね。

 

あっという間に今年が半分終わろうとしている。

去年の後半位から著しく、自分を含め、周りの人たちを取り巻く環境や状況が大きく変わっている。

まだ早くても4月の様な気がする時がある。そんな差がなかった。

それこそ、ここ数年は一年前も一年後もそんなに差がなかった気がしていた。

今は半年前が遥か昔の様で、かえって5年前の方が身近な様な気持ちになる。

時間という概念はあてにならない。どの光の速さの中に生きているか、なのだと思う。

重なり合う時やすれ違う時があり、前者の時にきっとめいっぱいにジタバタすると、桶屋が儲かる様な事もあるのかもしれない。ないかもしんないけど。

失敗することは別に大したことじゃなくて、失敗した時にどう行動するかってことが大切なんだろう。

当たり前のこと言ってるだけかもしれないけれど。人は自分自身の気持ちに簡単に嘘をつくことができるから。

 

誰かがかけてくれた言葉を大切にポケットにしまっていた。

でも今、その言葉たちは眺める為のものではなく、ちゃんと生きている。

言葉たちと会話をしている。

 

つまり、今楽曲の制作をしていて、めちゃくちゃ良い予感に溢れていて

ライヴも弾き語り、バンド問わず沢山やるつもりでいる。

神様がいるかは知らないが音楽は今日もあった。

俺はついてる、最高、ラッキーだ。

私は私の反射を見ます、いいえ、それはトムではありません

ディランは良い、何が良いのか分からないくらい。
詩の向こうから何かが立ち上がってくる。
色々な捉え方が出来てその内に自分のことを歌っている曲の様に思えてくる。

I shall be released という曲がある。
ディラン自身よりもザ・バンドのバージョンのが先にお披露目されて代表的な曲となっている。
バンド以外にも沢山のアーティストがカバーしているし日本人も沢山翻訳して歌われたりしている。
素晴らしいものが多いのだけど、どうしてこの曲が色んなアーティストに歌い継がれているのか今までよく分からなかった。
サビに当たる部分の歌詞はこんな感じだ。

光が輝き出すのが見える / 西から東へと沈む / いつの日か いつの日か / 私は解放されるだろう

太陽は東から昇るし、西へ沈む。何から解放されるのだろう。
それ以外の部分もなかなか整合性が取りにくい。

人はなんであれ代わりがきくと言う / 全ての距離は近くないと言う / だから私は覚えている / 私をここへ置いた全ての人たちの顔を

みんな守られる必要があると言う / みんな落ちぶれてしまうのだから / だけど自分の反射を見た / 高い壁の上に

この孤独な人々の中で / 自分は無実だと言う人がいる / 一日中その人の叫ぶ声を聞いた / 怒り、とても大きな声で泣いていた

なんの歌なのだろう。と思っていた。ずっと。
翻訳し日本語で歌うためにどうしたらいいのだろうと考えていた。
英語はどうしても英語的で説明が多くなるし、日本語は説明をするのに適してない。間引くよりほかない。
だから俳句が古くに生まれて今日まで残っているのは日本語的だからなんだろうなあ。
俳句をそのまま英語にしても、なんの風情も生まれない。
英語をそのまま日本語にしても、ただの説明になってしまう様に。

何かを立ち上がらせようとしていたら、これは逆境に立ち向かう歌なんじゃないかという気がしてきた。
それは俺が今なかなか辛い気持ちだからという事が大きいんだろうけど。
冒頭に書いた通り、ディランの歌は自分のことを歌っていると解釈出来る様になっている。

常識を覆して太陽が西から昇り東へ沈む様な事があるかもしれない。
「俺は君のことを信じているよ」とディランは静かに歌いかけてくれる様に感じるのだ。
それがきっと俺がディランを好きな理由だと思う。
落ち込み、不安と背中合わせで、それでも前に向かおうとしている人にかけられる言葉はそれ位しかないのだから。

君の代わりはいくらでもいる
やめとけ どうせ上手くは行かないと
心を打ち砕こうとする奴らの顔を忘れちゃいけないよ

言い訳ばかりをしている 誰かを妬んでばかりいる
だけど俺は高い壁の向こうに輝く明日を見つけたんだ

ひとりぼっちで立ち尽くしている
誰にも気付かれなくたって
声を枯らして叫んでいる
俺には君の声が聴こえるよ

太陽は昇り沈んでいく 西から東へと
いつの日か いつの日にか 自由になるのさ

次のライヴは4/28です、奇妙礼太郎さんとの2マンです。弾き語りです。ひえ~。
信じてくれ!

ドアー、ドアー、ドアー、ドアー

世界は人の優しさで成り立っていると思うような事がままある。
こんな俺にも優しくしてくれてありがとうとふと思う。
それは肥溜めの中に咲く花のような感じで。
自分の価値をまるで信じられなくなるときにも手を差し伸べてくれる人はいるんだと、
それはなんでもない瞬間にも感じたりすることがある。
その人がなんの気なしに言ったことやしたことが俺にとっては救いだったりする。
花を見て綺麗だと思うのは、その人に花を見て綺麗だと感じる心があるからだ。
花は花であって、綺麗ではないのかもしれない。
綺麗だと感じる心に花は咲くんだと思う。
だから世界は、自分の感じるようにつくられているんじゃないかってそう思うよ。
今いる世界は俺が望んでつくったものだ。
そうじゃなくってもいいし、そうじゃないだろうけど、そうであってもいい。

物事は動くときもあれば動かない時もある。
動くときは自分がバタバタとしたら桶屋が儲かるくらいなのに
動かないときは真空みたいでじっと耐えるしかなかったりする。
だけど動かない凪みたいなときっていうのも大切な時期だよな。
大切っていうか仕方ないもんな。
扉を開けたと思ったら、その先に、しかも結構遠くにまた扉がある。
人生はいっつも自分の意思や意志を超えている。
その中でできることはジタバタとすること以外に何があるだろう。

音楽があって本当に良かったって思う。
音楽はいつも乱暴で優しくて俺のことを引っ張っていってくれる。
俺を奮い立たせ、がっかりさせ、励ましてくれる。
あなたにとっての音楽はどうですか。
自分のためか、誰かのためか、いまだに分からないけれど、俺はまた歌うわけだ。
分からないから歌ってるのかもしれない。

4/18、21とオープンな場所で歌います。
是非遊びにいらしてください。
皆さんがなんの気なしにふれるものがただの偶然の出会いじゃなければいいなって思ってます。

チェチェチェインジン

タイトルはデヴィッドボウイの歌だけれど、ボブディランの歌に「運命のひとひねり」という曲がある。
タイトルがいい。曲も歌詞ももちろんいいのだけれど、この邦題いいなって思っている。
今から書くこととは関係ないのだけれど。

去年の秋から先週末まで、ピンと張りつめた気持ちだったのだけれど、今週になってようやくだらだらみずそうが復活して。
今週は自分の気の赴くままだわ、なんて思っていて。
そういう風に思っていると逆に色んなことが動くというか、自分の周りが動いている事に気づくというか。
大体の人間を含む動物は勘が働くはずと思っている。
自分の心や周りの動きに目を凝らし耳をすましていれば自分がどう動くべきか分かるんじゃないかと思っている。
それが正しかったか、間違いだったかは後でなんとでも言える。
その時に動くべきか否かというのは皆んな少なからず本能でキャッチできるんじゃないか。

自分のこれまでの人生を自分の外に投げてみると思っているよりは何かが動く気がする。
一昨年は本当に空っぽな気持ちでいて、今の自分なんてこれっぽっちも想像できなかった。
自分の一年後が地続きで分かってしまって何をしていても楽しくなかったのを覚えている。
自らの人生が単調で代わり映えしないと思っているのなら、やるべきことは単純でそんなもの捨ててしまったらいい。
君が捨てたいものは君が大切にしなきゃならないもので、君が捨てられないものは君が捨ててもいいものだ。
そうすると運命は面白いように転がって何かにぶち当たる。

しばらく辻褄を合わせるのはやめにした。
合わないものは合わないし、合うものは今じゃなくても必ず合うチャンスが巡ってくる。
そのチャンス列車に乗り遅れないように駆け上る、そういう体力だけはつけておかなくちゃならない。

4/8は弾き語りをやります。
今月は弾き語りライヴだらけです。
弾き語りも一昨年にもうしばらくやらないって決めてたんだけど、まあ今ってそういうことなんでしょう。
いやあ、分からないって豊かだよなあ。

哲学を実践する様に

喋る様に歌い、歌う様に生きて、音楽になりたい。
だがしかし現実はありとあらゆる方向からマウントとってくるよな。
なのに情熱は枯れることがなく造花の様に埃をかぶり転がる石の様に角が取れ小さくなって行く。
10代の頃は作るのが辛いならやめてしまえとか生意気なことを思っていた。
ていうか一曲も書けなかった。それなのにいくらでも曲が書けると思っていた。
情熱はなくなってない、ただどんどん臆病になり億劫になって来ている。
もう二度と曲なんてつくれないんじゃないか。
つくったとしてもそれが良いものなのかどうか。
不安に対して言い訳を重ねていることにふと気づき滅入ってしまう。
二日酔いの朝の様にひどい気分で意味もなく心細くなって行く。
本当に些細な出来事を考えることで時間を潰している。
自家中毒だ。鶏皮が自分の脂でどんどん焦げて行くみたいだって思う。
自分で勝手に決めたルールに縛られて身動きが取れなくなっている。

と書いていると、ああ今俺はそういう風に感じているのかと、ふと他人の様に思えたりする。
書くことはいつも自分の心を覗き見る様なことだ。
自分にすら心を開くことが難しいと言うとおかしな感じかもしれないが自分を欺くことって結構ちょろいことだったりするよね。
複雑だし単純で頑固なくせに影響を受けやすいとか矛盾することが人の中には同居している。
だから奥底になにがあるのか知るためには息を深く吸ってぐっと潜り込まないといけない。

ただこうやって自分の言葉から立ち上がってくるものは昔から変わっていない気がする。
何か直接的なことを言いたいんじゃない。
誰もが気にも留めないこと、奥底にしまいこんだこと、普通に暮らしていたら蓋をして生きていけること。
ただそれらは歪みになり少しずつ蝕んで心が濁って行く。
俺はそういうものをおっかなびっくり摘んで、わあ気持ち悪い、でも気になる、みたいなことをしたいのだと思う。

癖(へき)の話になってしまった。
でも曲をつくって人に聴いてもらうなんて癖でしかないよな。
癖について苦悩している様に書いているのだと思ったら一行目から消してやりたい今。
これもまた癖だから消さないのだけど。

日々の音、今日の音

どうですか、皆さん、花粉症に苦しんでいるでしょうか。
私はとても苦しいので花粉症に関しては皆んなにも苦しんで欲しいです。
それ以外のことは幸せだと良いと思っています。
積極的には思っていないけれど不幸なのよりは幸せなのが良いと思っています。
他人に対して出来ることって祈ること以外にそんな無い。
よかれと思って言うことややることはお節介になることも少なくない。
呪うことには本当に価値がないと俺は思うので、祈る位しか出来ない。
皆んな、あなたに対して祈っていますよ。
みんなが一人かもしれないし、千人かもしれないし、一人もいないかもしれないけれどとにかく皆んなだ。
まだ会ったこともない人たちも祈っている。
そういう微妙な電波をキャッチして欲しいし、俺もキャッチしたい。

さて先ほど3/15は銀座SONYパークでのライヴでした。
たくさんの方がお越し下さって嬉しいです、どうもありがとう。
今日初めての編成で、やり慣れている様なライヴハウス環境とも違いとても勉強になった。
今日の音は、今日の音だよな、ライヴってのはそこが面白い。
演奏メンバーが普段と違っても、環境が違っても、変わる。
その中で変わらないものが浮き彫りになるのが面白い。
自分の中から何が出てくるだろう。まだ知らない自分やあなたに出会いたい。
そんな感じで色々な環境や状況で演奏していきたい。

夕方にラジオにも出演したのだけれど、到着0分でセッティングをして5分後に歌って、またその5分後には出演が終わってお礼を伝えてライヴ会場に向かった。
我ながらちょっとかっこいい気がした。こなれてる感。
ありがとうございます。

4月もライヴありますから、是非遊びに来てくださいね。
よろしくね。

爆竹やったか?

グレゴリオ暦、旧暦共に新年になりましたね、今年も書き始めとなります。
日々が本当にめまぐるしく過ぎて行き、それはありがたいとしみじみ思っています。
12月に晩安宝貝(わんあんばおべいと読みます。おやすみベイビーという意味なのでそう呼んでくださっても結構です)をリリースしてから一息つくこともなく色々やっています。
ごくパーソナルな事から音楽活動に関しても色々変化があり適応しようと夢中です。

来週2/24は晩安宝貝のリリースパーティがありますので是非お越しください。
リハーサルを本番へ向け眈眈と進めております。
今回の演奏陣は、
河原太朗(Ba./Key)
脇山広介(Dr.)
佐藤一人(Dr.)
オオナリヤスシ(Ba.)
天野光太郎(Gt.)
以上のメンバーでお届けします。
太朗と広介さんはレコーディングのリズム隊ですし、かずとさんもウォーアイニーやってくれてます。
是非お越しくださいね。

新しい毎日の中にいて思うことはたくさんあるのだけれど言葉になるまで頭が追いついていない。
きっと詩を書くというのはこういうことを自分の中からすくいあげることなんだろう。
言葉にならなかったことが詩になるのを待っているし、メロディになって歌われるのを待っている。
自分が奥底で感じていることをつかまえに行くのって結構骨の折れることだなって毎度思うんだけど
まあよく飽きもせず売れもせずここまで続けて来ているよね!
お付き合いいただきありがとう、これからもよろしくね。

これは本当の話なんだけど

クリスマスの夜。とある部屋に男が一人。電話が鳴る。

「はい、俺だけど?」
「もしもし、私…」
「はて、聞きなれない声だな。私はパスタも茹でていないし、今は早朝でもないし…」
「いいえ、最後まで聞いて、私…」
「ラジオからクラシックまたはジャズも流れていない、間違い電話ではないか?」
「メリーよ」
「ほう」
「もしもし、私メリーよ」
「いや、だめですやん、クリスマスにかけてきちゃだめですやん、それダジャレになっちゃってますやん」
「今あなたのCDを買おうとしているの、どこで買えるの?」
「12/18からタワーレコード渋谷店で先行発売が始まったところだけど」
「他のお店では買えないのかしら?オンラインとか」
「ええ、申し訳ないけれど今はまだタワーレコード渋谷店のみでの取り扱いなんだよね」
「分かったわ、でもタワーレコード渋谷店て大きくて…何階にあるのかしら…」
「それは3階で買うことができます。エスカレーターを上り右手に歩いていきます。すると左手に私のCDが並べられています。それは下りエスカレーターの丁度向かいです」
「あったわ…売れ行きはどうなのかしら…」
「おかげさまで好評でやんす〜!初回納品した分が完売してしまったんですが、再納品したんで安心してお買い求めいただけるでやんすよ〜!」
「そう…あなたのお友達もコメントを下さっていると聞いたけれど…」
「そうでがす、あっしのホームページを見ていただけると分かるんですが、マジでガチのリアルフレンズがコメントを寄せてくれたんです」
「三宅さんも昨年のTV Bros.に引き続き素敵な文章を書いてくださったのね…」
「泣きました」
「私も泣いたわ、そして私はメリーよ」
「購入特典のタオルでその涙を拭けばいいでがす」
「ああ、あの銭湯で300円位で売っているタオルのことね」
「今回はご購入いただいた方へのお礼だからフリー(無料)でげす。タワーレコード渋谷店でお買い上げのお客様のみの特典を予定しているんですよ〜」
「それ以外のお店での販売や配信の予定はないの…」
「そこは楽しみにしていて欲しい、震えて待て」
「震えるのはこの電話を受けているあなたのはずよ」
「おごと〜!」
「IKKOね、私はメリーよ」
「でも良くないと思う」
「よくない存在であることには違いないわ」
「あなたにしてもさっちゃんにしてもシャボン玉にしても、何故童謡を怖い方向へ持っていくのだ」
「それはあなたたちが望んだことよ、私たちは望まれたから存在しているの」
「トトロにしてもそうだ!メイちゃんとさつきに謝れ!」
「私はメリー、なのでどうにもできないわ」
「ばかたれ!」
「ところでライヴはないのかしら…」
「はあ!?12/29だよ!!下北沢のGARAGEというライヴハウスの年末イベントにバンド編成で出演するよ!!トリだよ!!楽しませるから来いよな!!」
「私は電話をかける概念なので…」
「ちょっと待って、キャッチ。はい、俺だけど?」
「もしもし、私リカちゃん」
「ティモテ!!!」

今日も私たちの知らないところで宇宙は広がり続けています。
私の音楽が皆さんの手に渡っていくことを非常に嬉しく感じております。
残り少ない2018年及び平成最後(声に出して言いたい日本語!)の数日が皆様にとってかけがえのない日々になります様に。
12/29は私たちがあなたをロックします。
お客様よろしく。

ウォーアイニー

ウォーアイニーをつくったのはHANDSOMEのVACANCEをつくった頃と同じ時期で
つまりそれは2012年?もしくは13年の夏ではなかろうか。もう5年以上経っている。
正確に思い出すことも放棄していて、その夏のことがいくつか頭をかすめている。
網戸を閉める音だとか、髪型(刈り上げられた)、あの赤いソファの居酒屋はどこだったろうとか。
コンプレッサーという種類のエフェクターがあり、大好きでいつもボードに組み込んでいるのだけど
ウォーアイニーはMXRというメーカーのdynacompというエフェクターの音から作った様な気がする。
それとエレハモのPOG2というオクターバー、その二つから生まれた曲。
それから台湾に旅行した時の街の匂いや暑さから生まれた。
そして当時、非英語圏の言葉から感じ取る情緒みたいなものから生まれた。
あと、、もういいよね、まあそんな具合で曲はいつでも複合的で、夢の様にいくつものことが矛盾しながら形を織りなしている。

この年は自分の中でポンポンと曲を作れた記憶がある。
といっても何を作ったのかさっぱり思い出せないのだけれど。
太陽の子とかもこの頃作った曲ではないだろうか、思い出せないけれど。
曲が出来る時は大体一瞬で、というとかっこいいのだけれど、大体の時間は頭の中で培養していて
なにかひとつ、最後に決定的なきっかけがあって曲になることが経験上多い。
ウォーアイニーの場合はdynacompという赤い、70年代か80年代のコンプレッサーによるものだ。
音色が変わる訳でなくて、潰れた独特な効果が出る。
多分筐体の赤い色の影響もあってそういう曲が出来たんだろう。

何度も何度もアレンジを変えて演奏している。
この曲だけはずっとゴールが分からなくて、いつも変わってしまう。
16年に録音したバージョンも今回のとは異なる。
ウォーアイニーだけで多分アレンジ違いのデモが5つ位存在する。
何かの折にお披露目できたらいいけれど。
今回収録されているものは水野創太GROUPでの演奏を基にアレンジをしている。
ただGROUP以外でのバンドでの再現が出来なくて、この先ライヴで披露できるのかどうか。
リハーサルでさらってみるのだけれど、あの一瞬を捉えることがどうにも難しい。別の一瞬を掴まえられればいいのだけど。
MVまでつくっておいてライヴで演奏できないとはどういうことなのだろうと思うが、仕方ない。
これがみずそうというものだよ。最近自分のことをみずそうとして取り扱うと楽な瞬間あります。
MVは小熊くんという新進気鋭の方に撮っていただきました。
当初は違う楽曲の予定だったのですが、紆余曲折ありウォーアイニーになりました。
小熊くんはなかなか大変な中撮影してくださって苦労かけました。
この場を借りて改めてお礼を申し上げます。みなさん是非ごらんください。

ちなみにウォーアイニーは元々タイトルではなく、初めてか数回目に披露した時に「ウォーアイニーよかった」と言われてそのままタイトルになってしまった。
タイトルを決めるのが本当に苦手で、名前なんてなければいいといつも思っている。
名前で良かったのはみずそうという距離感が微妙に縮まる楽ちんな自分の呼び名くらいで、だがしかしそれは自分で名付けたものではない。
だってウォーアイニーって、私はあなたを愛していますだしI love youだぜ、そりゃないぜ。
でもそういう距離感なんじゃないかって勝手に思ってる。みずそうもウォーアイニーも一緒だ。
愛していると言えない様に創太と呼び捨てられることは少ないし、I love youの様に水野君はよそよそしい。
おやすみベイビーとは誰も言わないが、晩安宝貝とも誰も言わないか。

でもそういうことじゃんか、遠回りするんだ、俺の言葉は。
言わなきゃいけない時や伝えたい時に言えなかった気持ちが歌詞や音楽になっていくのだと思う。
そしてそれがいつかどこかで思ってもない様な形で、どこかの誰かに還元されていくんじゃないだろうか。
遠い異国の音楽が巡り巡って自分の心に響くのは、誰かのそういう気持ちが今自分に届いたってことかもしれないよね。

それでは、おやすみベイビー。

晩安宝貝によせて

晩安宝貝の制作は2015年末に友人であり今回のプロジェクトに大きく関与しているあんちゃんの「そろそろ名刺代わりになるものを作った方がいい」という一言から緩やかに始まったと記憶しています。
16年の頭までに収録曲を決めリハーサルを重ねて、初夏頃にリズムトラックの録音を行いました。
その間並行してEdBUSの「太陽の子/バンドワゴン」をレコーディング&リリースし(夜間飛行のギターをこの時天野くんが先行して録音)、その後ギターの録音へと至ります。
ギターの録音以降はとてつもなく孤独な作業です。一部の例外を除き基本的に全てのギターを一人で演奏しています。音色を変えギターを変え、音を重ねて、という事を一人でやっていきます。
レコーディングエンジニアは勿論いるけれど、エンジニアの仕事はセッティングやコンソールの操作であり、私の仕事は演奏とどのテイクを採用するかの判断です。

レコーディングはジャッジの連続なのでとても疲れる、みんな嫌にならないんだろうかって不思議に思う。例えば同じ演奏をしたテイクが二つあって、一回目と二回目の差が自分ではどっちでもいい時とか。でもそこで決めなくてはいけないし、決めたらそれが世に出ていくわけだ。
ライブは演奏してしまえば終わりだけど、録音したものは残り続ける。
自分の過去作品を自ら聴き返すことをそんなにしないので、結局ライヴと同じなんだけど。

さてギターの録音が終わり、あとは歌を録音すれば曲を構成する音は全て完了です。
とここまで、ギターの録音が終わったのが2016年の夏になります。
普通ならば2016年中ないし2017年頭に出るスケジュールです。
しかしリリースを控え、今こうやって文章を書いている、その今は2018年の年末です。
制作は1年の間全く動かなくなりました。

常に頭にはあったが自信をなくしてしまった。
ギター録音後、歌録りまでにスタジオに入りリハーサルをしていたのだけれど、自分の歌えなさにがっかりしてしまった。
いくら歌っても納得出来る様に歌えない。完全に怖気付いてしまった。
せっかく演奏に関してはいいものが録れたのに歌がこれじゃあな。
常日頃からダメ出しをされる夢をよく見る。
自分が自分に感じている引け目を、夢の中で誰かから指摘される。
そんな気持ちで2017年を迎えたもので、去年の事をほとんど覚えていない。
自分の中では2016年と2017年は同じ年の様に感じる。体感としては振り返ると二つの異なる年が並行して一緒に流れてる。
2017年はのろのろと夏を迎え水野創太GROUPでのライヴが久しぶりに決まりました。
そのリハーサルとライヴがとても良く、今回の収録曲「ウォーアイニー」も演奏したのですが手応えがあり新たに録り直すことにしました(16年に一度録り終わっていました)。

太朗はアレンジャーやディレクションに関しても才気あふれる人で、歌に関しても彼と二人で採用するテイクを決めていくことでウォーアイニー以外の歌録りも遂に完了したのです。
コーラスで参加してくれている浩樹の声は宝物で冒頭の歌は彼です。この曲に関しては本当にみんなが集中力高く且つリラックスしている瞬間を捉えることが出来たのではないでしょうか。
ここまでが2017年の夏です。この下数行はデジャブですしコピペです。
普通ならば2017年中ないし2018年頭に出るスケジュールです。
しかしリリースを控え、今こうやって文章を書いている、その今は2018年の年末です。
再び制作は1年の間全く動かなくなりました。

トラックダウン(ミックス)とマスタリングというのが音に関して残っている作業になります。
このミックスというもので曲の印象というのががらりと変わってきます。
歌の大きさや楽器のバランスやエフェクト、そうした事を整えるのがミックスになります。字の通り編集作業です。

このミックスを誰にお願いしたら良いだろうと悩むことでまた時間が止まってしまった。
普通のロックにおさまらない、面白くて、でも格好良いことは大前提で、、
リリースしてくれるレーベルも探してみたり、人に相談をしてみたりしたのだけれど(かなり消極的なやり方で)、なかなか結果に結びつかず(そりゃあそうだと今思う、探してたとか言えないレベルだ、でもその時はまだ自信を持ててないから仕方ない)、やっぱりダメなのかなあと、今年の春先まではそんな気分だった。
今書いていて思うのはミックスで悩むというより後者の部分で自信を失っていたんだろうな。
自分でもなんでこんなに自信ないかね、っていう位弱気なんだ。
だから歌も録音すると自分のダメさが目の前にさらけ出されるし、レーベルに興味を持ってもらえなければ俺の作るものに価値がないと言われてるのと同然で、自らをさらすということにとてもびびってしまう。

今年に入ってライヴのサポートをしてくれるナリさんとヤスオが固定されコンスタントにライヴも出来たことで、
ライヴ活動に関しては余計なことに気をとられることが少なかったというのが、救われたことのひとつになります。
作品に関してはこのタイミングで改めてあんちゃんに相談をしたのが、最終的にリリースに至った一番大きな要因です。
というのもあんちゃんは2015年末に「作った方がいい」というアドバイスを個人的にくれただけなのです。
再びあんちゃんを巻き込んだことからエンジニアの鯛焼きくんと出会い一気に進んでいくのです。
鯛焼きくんはとても興味深い人で、表舞台に上がる方じゃないからライヴに引っ張り出すことは出来ないけれど、楽器やってたらバンドやりませんか?ってお願いしているはずです。
そうして音が仕上がり、今あんちゃんを始めとする仲間達と準備を進めています。12/18にタワーレコード渋谷店にて先行発売開始で以降いろんなところへ拡げていきます。

豊かな不毛

怒るということは物凄く力を使うことなんだとここ数年痛感している。
どうして10年前だとかそれよりも前、あんなにいつでも怒っていられたんだろうと我ながら不思議に思う。
何にでも怒りをぶつけられた(誰にでもということじゃなくて、例えば落ちている吸殻とかそういうものに対しても怒れた、人は怖いから無理、いや怒ってたけど気が小さいもので誰にでも怒れるわけじゃなかった、いややっぱり怒ってたかも)。

怒ることと同様に、なんでお酒をバカみたいに朝まで飲んでいたのだろうと
後悔はしていないが、どこにそんなエネルギーがあったのか、そのエネルギーをもっと違うことに使っても良かったのではないかと、自分で自分の過去がよく分からない。
お酒を飲んで、くだらない話をして、その次の日に残るものはほぼ皆無なのにね。
皆無なのが楽しいこともあるけれど、それは今になってそういう不毛な時間を愛しいと感じる様になったから。

不毛な時間(悪い意味でなく有意義な)でいつも思い出すのは
小野君(という友人がいる)と特に出口も生産性もない音楽の話をして飲んだくれて
夏の暑い夜明けや、冬の寒い真夜中に、もしくは暑くも寒くもない季節の間、彼は自転車を押しながら、俺は千鳥足で茶沢通りを下北沢から三軒茶屋まで歩いたことだ。
お金はないが時間とエネルギーは沢山あって、本当になんでもない、なんでもない話を沢山しながら歩いた。
音楽とバンドのことがほとんどを占めていて、それ以外の現実的な事は現実じゃないみたいな感じだった。
学生時代に俺はあまり友達が多くなかったので(今も)、俺にとってそれは遅れてやってきた青春の様なものだったのだろう。
なにもないけど音楽だけがあって、それだけで本当に良かった。
今も結局音楽があればいいなって思ってる。
そして今までずっと音楽をやり続けている訳だ。
なんでなのかは分からないけれど仕方ない。
音楽ほど心が動かされるものにいまだに出会っていない。

初めて聴いて感動した時のことを(曲ごとに)いまだに覚えているし、今も同じ様に感動したりする。
それぞれの一瞬が永遠に焼き付いてずっと離れないでいる。

生まれ変わって、大人になって、だけどずっと変わらないでいる。
おかしなことだけど、そんな感じだなって思っている。

きええええええ

情熱の火が消えない様にせっせと心に薪をくべるのは自分でしかない。
今までって恥ずかしさや自己評価の低さが前に出てきてしまって自分自身だったり、つくった楽曲を堂々と誇ることに気後れしてしまう部分があったのだけど今回の作品に関してはエンジェル伝説の竹久君よろしく、先にそっちが出したんだからなってナイフを取り出して、俺もこっから引くに引けねーかんな、みたいな若干オラついた感じで自分のことを鼓舞しています。

自分だけが自分を鼓舞している訳ではなくて、他人もまた風を送ってくれている。
自分のことと誰かのことを信じてみようと、そう思えるまでにここまでかかったしこれから先も葛藤することは沢山あるだろうけれどこれまでの後悔やこれからの期待をひっくるめて踏み出してみようとしている。

上手くいっているかどうか分からない時はいい時で、迷っているならば跳んでみるべきなのだ。

言葉は矛盾すると途端に自由になって追い風を吹かして、思ってもなかったところまで飛び上がっていく。
君の周りのお兄さんやお姉さん、おじさんやおばさん、じじいやばばあなんかもきっと同じ様にいい歳しても若い頃と変わらずに悩んだり迷ったりしているのだと思う。
だからって全ての人に優しくする必要はないんだけれど(だってくそったれはくそったれだもんな)、君が君の心に薪をくべるのならば、俺はその火がごうごうと燃えて勇気が出る様に風を送るよ。

俺はそうありたいと思っていて、君に対してそう思ってくれている人がきっといるんだと思う。
人生は悪いか、もっと悪いかが大体だけれど、優しい人たちも少なからずいて世界をまともに見せてくれる。

助走でバテる前に、石橋を叩いて割るよりも、やらなきゃいけないことは沢山ある。あるぞ!

おやすみベイビーっつって

12/18に「晩安宝貝」(わんあんばおべいと読みます)というタイトルのCDをリリースします。

わんあんばおべいとは中国語で「おやすみベイビー」という意味です。
私は朝方の人間なのに夜の歌ばかりを歌っています。
以前何かのレビューで水野は夜の曲が多いがそれは夜に書いているからだろうという、まじでそんなレビューあるかよ、と思ったことをぼんやり思い出しました。
んまあ、なんとなく決めたタイトルなのだけど、私は普通のことをちょっと斜に構えて言っている様な人間だって、後になってから気付かされた様な感じです(今更!)。

沢山の人の協力と後押しがあってリリース出来ることとなりました。
感謝はしてもしきれないですがむしろここからが大切ですね。
ここから発売まで途切れずに、この作品にまつわることを発信していきたいと思っています。
リリースにあたって様々なことを考えたりしていて。それはつまり心が絶えず動いており、どんどんと考え方が変わっていく状況なのだけど、そういうドアが外へ開かれている時というのは色々なことが自分に響くんだと感じています。
調べものをしていると今まで知らなかっただけで独自の活動をされている素晴らしいアーティストが沢山いることにも気付かされます。
そういったアーティスト達の格好よさや潔さというものに感銘を受けて、私はその系譜に連なることが出来るのだろうかと、自分の砂の山の小ささに愕然とし落ち込みながらも、まだ幾らでも作り直せるのだとわくわくしたりしています。

最近ビートルズのホワイトアルバムの50周年記念のリミックス?が出たので聴いたらとても良くって、旧い友達の天野氏にもう聴いたかなんてやりとりをしていて。
彼と出会った頃(22年前)からそんな事ばかりを話していて、未だにそういうことは変わっていないんだとふと気づいて、いい歳なのにそれはそれで幸せな事だなとつくづく思いました。

彼も晩安宝貝のレコーディングとリリースに関わってくれています。
変わるものも変わらないものも等しく、変わることは元に戻ることだったり、変わらないことは少しずつ変わることだったりする。
そしていっつも一人称に迷っている。今回は「私」でやってみたけれど、まだ早い気がしてる。
僕っていうには歳をとりすぎていて、俺っていうには女々しすぎるんだよな。
結局自分って一体なんだろうってまた自分の中に迷い込むんだよな。

明日11/23はPARTYという名のイベントに出演します。
私はバンド編成で出演します。私たちがあなたをロックします。お客様よろしく。